「青が好き」は世界共通? ― ヒンバ族の色の好みが覆す普遍神話
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紹介論文
- 論文タイトル: Color preferences are not universal
- 著者: Taylor, C., Clifford, A., & Franklin, A.
- 掲載誌: Journal of Experimental Psychology: General, 142(4), 1015–1027
- 発表年: 2013(オンライン公開: 2012年10月29日)
- 著者所属: University of Surrey / University of Sussex, UK
- DOI: 10.1037/a0030273
- オープンアクセス: Surrey Open Research
「青が一番好まれる色」「黄色は嫌われやすい」──こうした話を聞いたことがある方は多いかもしれません。色彩心理学の分野では、長年にわたり「人類には共通する色の好み(普遍性)がある」と考えられてきました。しかし、その根拠となるデータは、主に工業化された先進国の人々から得られたものでした。
本記事では、テレビも電気もない環境で暮らす人々を対象に色の好みを調べ、その「普遍性」に疑問を投げかけた Taylor, Clifford, & Franklin(2013)の研究を紹介します。
概要
Taylor ら(2013)は、ナミビア北部の半遊牧民「ヒンバ族(Himba)」とイギリスの成人を対象に、色の好みを比較しました。ヒンバ族は電気や水道のない村で暮らしており、身の回りの道具のほとんどが自然素材でできています。工場で作られた色とりどりの製品に囲まれた消費社会とは大きく異なる「色の環境」のなかで生活している人々といえます。
研究チームは、色の好みを説明する2つの代表的な理論──錐体コントラスト理論(Hurlbert & Ling, 2007)と生態的価値理論(EVT: Palmer & Schloss, 2010)──を両集団に当てはめ、好みのパターンや、それを支配する要因が共通するかどうかを検討しています。
研究のポイント
1. 「青好き・黄色嫌い」のパターンはヒンバ族には見られなかった
ヒンバ族 38 人(男性 21 名)とイギリス人 42 人(男性 22 名)に、24 色(8色相 × 鮮やか・明るい・暗いの3バリエーション)を提示し、0〜10 の尺度で好みを評価してもらったところ、イギリス人には従来の研究と一致する「青を好み、黄緑を嫌う」傾向が確認されました。
一方、ヒンバ族ではこのパターンが認められなかったと報告されています。ヒンバ族は赤・橙・黄・黄緑・緑の「鮮やかな」バージョンに高い評価を与え、青系全般や明るい・暗い色には相対的に低い評価を示したとのことです。
2. 色の好みの性差にも文化差がある可能性
Hurlbert & Ling(2007)は、「女性は赤みのある色を、男性は緑みのある色を好む」という性差が進化的・普遍的なものであると主張していました。しかし、本研究ではヒンバ族にはこの性差が見られず、むしろ逆方向の傾向が示唆されたと報告されています(イギリス人とヒンバ族の交互作用 F(1,44)=6.00, p<.05)。
3. 好みを決める仕組み自体が集団によって異なる可能性
イギリス人男性の色の好みは、色と結びつく物の快・不快(EVT の予測)によって約 74% の分散が説明されたとされています。一方、ヒンバ族では最も強い予測因子は「彩度(chroma)」であり、男女ともに約半分の分散を説明したと報告されています(男性 55%、女性 45%)。
また、ヒンバ族男性では好きな色ほど「嫌いな物」と結びつくという、EVT の予測とは逆の負の相関(r = -.49)も観察されたとのことです。この結果について著者らは、色の好みを決めるメカニズム自体が文化や生活環境によって異なる可能性を示唆しています。
色彩分野への示唆
本論文の知見は、色彩に関わる分野にいくつかの示唆を投げかけています。
「色の好みに普遍的な法則がある」とは言い切れない可能性。マーケティングや商品デザインにおいて「世界共通で青が好まれる」と単純に前提を置くことには、慎重になる必要があるかもしれません。対象とする人々の文化的背景や生活環境によって、好まれる色も、好みを左右する仕組みも異なりうることが示されています。
鮮やかさそのものが好みを左右する場合があるという点も注目されます。ヒンバ族のように人工的な色が乏しい環境では、鮮やかな色が希少で価値あるものとして好まれる可能性が考えられます。一方、色彩に囲まれた環境では、落ち着いた色やニュアンスのある色に惹かれることもあるかもしれません。環境によって色の受け取り方が変わるという視点は、地域や世代に向けたデザインを考えるうえで参考になりそうです。
EVT(生態的価値理論)の適用範囲にも検討の余地があると著者らは述べています。「青が好まれるのは、青空やきれいな水など生存に有利な対象との結びつきがあるから」という説明は、多様な物に囲まれた消費社会においてのみ成り立つ可能性があり、色と意味の結びつきは文化の影響を強く受けるものと考えられます。
まとめ
Taylor ら(2013)の研究は、「色の好みは普遍的なものではなく、集団や文化によってパターンもメカニズムも異なりうる」という可能性を提示しています。ある集団では物の連想が、別の集団では彩度の高さが、色の好みに大きく関わっているかもしれません。
「どの色が好まれるか」を考える際には、「誰に、どんな環境で、なぜその色が響くのか」という問いが重要になってくることを、本研究は示唆しています。
引用文献
- Hurlbert, A. C., & Ling, Y. (2007). Biological components of sex differences in color preference. Current Biology, 17, R623–R625.
- Palmer, S. E., & Schloss, K. B. (2010). An ecological valence theory of human color preference. Proceedings of the National Academy of Sciences, 107, 8877–8882.
- Taylor, C., & Franklin, A. (2012). The relationship between color-object associations and color preference: Further investigation of ecological valence theory. Psychonomic Bulletin and Review. doi: 10.3758/s13423-012-0222-1