今日の空、何色でしたか
公開日
今日、空を見上げた瞬間がありましたか。
見上げたとして、その空が何色だったか、思い出せるでしょうか。
「青」と答えそうになった人ほど、たぶん、ほとんど見ていない。朝の青と昼の青は違う色で、雲の隙間の青と、ビルの間から覗く青も、まったく別の色をしている。それを私たちは、ぜんぶまとめて「青」と呼んでしまう。
色は世界の側にあるのに、私たちはそれをほとんど受け取らずに一日を終えていく。
「赤い」と言ってしまう、たくさんの違う赤
夕焼け、信号、トマト、口紅、レンガ、紅葉。
ぜんぶ「赤」と呼ばれる。けれど、並べてみればすぐにわかる。一つも同じ赤はない。
夕焼けの赤はオレンジに溶けかけていて、信号の赤は警告のために尖っている。トマトの赤には黄が混じり、口紅の赤は青みを帯びることでマットに見える。レンガの赤は土の記憶を含み、紅葉の赤は枯れる前の最後の発色で少し暗い。
これだけ違う色を、私たちは一つの言葉で済ませている。便利だから、そうしている。
けれど、便利と引き換えに失っているものもある。
朝、目に入った空の色。コーヒーの表面に映った光の色。すれ違った人のコートの色。それらは確かに見えていたのに、「青」「茶」「黒」と頭の中で要約された瞬間に、ほとんど消えていく。
写真を撮るほどでもなく、メモをするほどでもない。けれど、確かにそこにあった色。
それを取りこぼし続けているのが、たぶん、私たちの普段の見え方だ。
色を意識すると、世界の解像度が変わる
不思議なことに、「今日はどんな色を見たかな」と一度意識するだけで、翌日からの世界が少しだけ違って見える。
これは大げさな話ではない。
人は、注意を向けたものしか見ていない。逆に言えば、注意を向ければ、見えていなかったものが見え始める。
たとえば、新しい靴を買った日。街を歩くと、似た靴を履いている人ばかり目に入るようになる。靴の数が突然増えたわけではない。あなたの注意が、そこに向き始めただけだ。
色も、まったく同じことが起きる。
「今日の色を一つだけ持ち帰ろう」と決めて家を出た日、人は驚くほど多くの色に気づく。通勤路の植え込みの、葉の裏の白っぽい緑。喫茶店のカップの、内側だけ少し違うクリーム色。夕方の影が、アスファルトの上で青みを帯びていく瞬間。
世界は、もともとそれだけの色で満ちていた。
ただ、見ていなかっただけだ。
一日ひとつ、色を持ち帰ってみる
このことを試してみるのに、特別な道具はいらない。
ただ、「今日の色」を一つだけ選ぶ、と決めておけばいい。
選び方も難しく考えなくていい。今日いちばん印象に残った色でも、なんとなく気分に合う色でも、空の色でもいい。誰かに見せるためではなく、自分のために、今日の一色を置いておく。
けれど、頭の中だけだと、たぶん三日で忘れる。
だから、どこかに残す仕組みが少しだけあるといい。
私たちは今、それをもう少し続けやすくするための場所として、Chromaterra(クロマテラ) という小さなサービスをつくっています。
一日に一つ、色を選んで、置いておく。
それだけのサービスです。文字を書かなくていい。写真もいらない。色相環から、今日の自分に近い色を一つ指すだけで、その日が記録されていく。
詳しい話は、これから少しずつしていきます。
今日のところは、ただ一つだけ覚えておいてもらえたら嬉しい。
今日のあなたの色は、何色でしたか。
その問いを一日の終わりに自分にしてみる。それだけで、明日の世界はもう、今日とは少し違って見え始めています。
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一日に一色、置いておく場所。