色名から読み解く食文化 ― 日本人の「目で食べる」とは
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概要
食卓を表現する言葉には、驚くほど多くの色名が登場します。「赤飯」「小麦色」「杏(あんず)色」「檸檬(レモン)色」――こうした色名は、単なる装飾的な表現ではなく、その文化が食とどう向き合ってきたかを映し出す鏡のような存在だと考えられています。今回ご紹介するのは、食文化を「色名」の観点から考察した高宮和彦氏の論文「色から見た食文化」(日本調理科学会誌, 2003)です。日中の色名比較を通じて、日本人の食における色彩感覚の特徴を浮き彫りにする内容で、色彩を仕事や趣味にする方にとっても多くの示唆が得られる研究として紹介されています。
研究のポイント
論文では、食にまつわる色名が数多く挙げられ、その特徴が考察されています。著者によれば、日本の食文化を彩る色名として、「赤飯」「鮭色」「白玉」「白瓜」「小麦色」「乳を煮詰めて酢色」「杏色」「青蜜柑」「枇杷(びわ)色」「檸檬(レモン)色」「芥子(からし)色」「山椒(さんしょう)色」など、食材や調味料そのものの名がそのまま色名へと転化している例が紹介されています。
特に注目されているのは、中国の色名と日本の色名の比較です。論文によると、中国における色名の重複使用は「理詰め」で体系化されている傾向があるとされる一方、日本人は古くから「目で食べる」と言われるほど、視覚的な美意識と食体験が深く結びついていると指摘されています。同じ「色」を扱う文化でも、その背景にある考え方には大きな違いがあるとされており、食文化の比較研究としても興味深い視点が提示されています。
色彩分野への意義
食材そのものの色から色名が生まれる現象は、その文化が食をどのように観察し、言語化してきたかを示すものと、論文では考察されています。たとえば「鮭色」「杏色」「檸檬色」のように、食材名がそのまま色名へ転じている例が日本語に多いことは、日々の食卓での視覚体験が、色彩語彙の形成に大きく寄与してきた可能性を示唆していると論じられています。
この知見は、現代の色彩実務にも活かしやすいものと言えるでしょう。和菓子のパッケージ、和食店のメニュー、季節感を伝えるグラフィックなど、「食由来の色名」を意識して配色を組み立てれば、言葉と色のイメージが一致した、伝わりやすい表現になりやすいと考えられます。
また「目で食べる」という言葉は、盛り付けや色配置の重要性を端的に表していると論文は指摘しています。日本料理が古くから大切にしてきた「五色(赤・青・黄・白・黒)」の考え方とも通じる部分があるとされ、フードスタイリングや商品パッケージデザイン、SNS用の料理写真など、視覚優位の現代的な領域にも応用できる視点として紹介されています。
まとめ
食と色は切り離せない関係にあり、色名をたどることで食文化を読み解くという本論文のアプローチは、普段なにげなく口にしている言葉の奥に、豊かな文化的蓄積があることを再発見させてくれるものとされています。「鮭色」「枇杷色」「山椒色」――これらの色名を聞いたとき、私たちは色そのものだけでなく、その食材の香りや食感、季節までも思い浮かべているのかもしれません。配色やデザインを考える際、自国の色名の由来をたどってみることは、表現の幅を広げる手がかりになる可能性が、本論文を通じて示唆されています。
今回紹介した論文
- 高宮 和彦(2003)「色から見た食文化」『日本調理科学会誌』第36巻 第2号, pp.177-183. DOI: 10.11402/cookeryscience1995.36.2_177